大判例

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東京高等裁判所 昭和59年(ネ)127号 判決

控訴人 株式会社 丸山産業

右代表者代表取締役 丸山久雄

右訴訟代理人弁護士 大門嗣二

被控訴人 花岡俊昭

右訴訟代理人弁護士 岩井重一

同 土屋耕太郎

主文

一  原判決を取り消す。

二  被控訴人は、控訴人に対し、金五三四万円及びこれに対する昭和五七年一月九日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

三  訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

四  この判決の主文第二項は仮に執行することができる。

事実

一  控訴代理人は主文一ないし三同旨の判決及び仮執行の宣言を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。

二  当事者双方の主張は、左記1及び2のとおり補正、付加するほか、原判決の事実摘示と同じであるから、これを引用する。

1  (原判決事実摘示の補正)

(一)  原判決二枚目表一行目の「に対し、東洋振出の約束手形六通」を「振出にかかる別紙手形目録(本判決添付)記載の六通の約束手形(以下、一括して「本件手形」という。)を所持し、東洋に対し、その」と、同二行目の「これ」を「本件手形」と、同四行目の「概ね」を「少なくとも」と、同行から五行目にかけての「ために受領した。」を「ため、遅くとも昭和五六年三月二〇日までに東洋から交付を受けたものである。」と、各改める。

(二)  同二枚目表七行目から八行目にかけての「ことになった。」の次に「ちなみに、控訴人は各満期に本件手形を各支払場所に呈示したが、資金不足又は取引なしの理由によりいずれもその支払を拒絶された。」を加える。

2  (当審における被控訴人の主張)

(一)  以下の理由により、本件手形の振出(遅くとも昭和五六年三月二〇日)又は代表取締役の辞任(同月三〇日)に際し、被控訴人において本件手形が不渡りになるものと予測することはできなかった。

(1) 当時、東洋には約二〇〇〇万円の売掛未収金債権があり、これを回収して本件手形金の支払にあてることが可能であった。

(2) また、東洋が信用保証協会の保証を得て金融機関から融資を受け、これにより本件手形金を決済することも可能であった。すなわち、信用保証協会の保証限度わくは、同一人が数社の代表取締役を兼ねる場合、その数社を一社とみなして設定されるところ、被控訴人は訴外日栄塗研株式会社ほか数社(以下「日栄等」という。)の代表取締役を兼ねていたうえ、日栄等において右限度額いっぱいの保証を得ていた関係上、被控訴人が代表取締役の地位にとどまるかぎり、東洋において信用保証協会の保証を得ることはできなかったものであるが、被控訴人が右代表取締役を辞任し、かつ、その当時、東洋が金融機関に対して負担していた借受金債務を東洋に代って弁済したことにより、東洋は、信用保証協会の保証を得、あらためて金融機関から融資を受けることが可能となったものである。

(二)  (控訴人と東洋との間の東部処理場に関するダクト工事の請負代金と機器資材等売買代金との相殺勘定の変更の経緯)

昭和五五年、長野の東部処理場のダクト工事を東洋が受注し、右工事に必要な機器・資材は控訴人が東洋へ販売供給することとなった。右契約は北方徳雄が控訴人との間で交渉締結したものであるが、控訴人の代表者が被控訴人の留守中に東部処理場の請負代金と右機器・資材の売買代金とを相殺勘定とする旨の覚書のような書面を持参したことから、被控訴人は、北方徳雄に対し「相殺勘定になっているが、このような約束をしているのか」と確認し、右書面を北方に渡したところ、北方は、約束が違うということで控訴人と再度交渉することになった。なお、東洋においては、被控訴人はダクト工事について技術的な知識を持ち合わせていなかったので、契約締結・交渉は主として北方徳雄が行なっていたものである。

三  《証拠関係省略》

理由

一  一部補正のうえ引用した原判決摘示の請求原因1ないし3の事実は当事者間に争いがない。なお、本件手形のうち、別紙手形目録記載(二)ないし(四)及び(六)の各手形についての控訴人の手形金債権は、それぞれその振出日の記載が補充されることによってはじめて発生する筋合いのものではあるが、東洋が控訴人に対してそれらの補充権を授与して右各手形を振出したものであることは弁論の全趣旨により明らかである。

二  そして、右争いのない事実に加えて、《証拠省略》を総合すると、次の各事実が認められ(る。)《証拠判断省略》

1  東洋は昭和四九年に設立された空気調節設備(ダクト)工事業等を営む株式会社であり、設立当初から訴外北方徳雄(以下「北方」という。)が代表取締役としてその経営にあたっていたが、昭和五三年ごろに至り、累積債務が増大し、資金繰りが困難となって著しく経営不振に陥ったため日栄等の代表者として長野県下で手広く事業を営んでいた被控訴人に対し、東洋の代表取締役に就任し、その経営の立て直しにあたって欲しい旨の要請をした。

2  右要請を受けた被控訴人は、当時、日栄等が東洋に対し貸付金等の債権を有していた関係から東洋の倒産を回避したいと考えていたためもあってこれを承諾し、昭和五三年八月下旬ごろ、北方に代って東洋の代表取締役に就任し、北方は代表権のない取締役に退いた。

3  北方は、被控訴人に対する代表取締役就任の要請にあたり、東洋の経営状態につき、約四〇〇〇万円の債務超過がある旨の説明をし、被控訴人も特段の調査をすることもなく右説明を信じて代表取締役に就任したものであるが、右超過額は実際にはこれをはるかに上廻り、被控訴人の代表取締役就任後最初の決算期である昭和五四年三月末日現在の債務超過額は一億円を超えるものであった。

4  被控訴人の代表取締役就任前の東洋の累積債務は、主として北方の経営手腕の欠如、とりわけ見積りの甘さ等に基づく不採算工事の受注などに起因して生じたものであったが、被控訴人は、ダクト工事に関する知識経験がなく、代表取締役就任後も自らは専ら資金繰りにあたっていたにすぎず、受注、施工等の営業活動のほとんどを依然として、北方に一任していたため、東洋の経営状態は改善されず、累積債務は減少することなく、かえって増加の傾向を示し、被控訴人が貸付の形式で決算資金の不足分を補填することにより辛じて支払手形の不渡り、倒産を免れる苦しい経営状況が続いていたところ、それにもかかわらず、被控訴人は、受注契約締結等の便宜上、代表取締役に就任したいとの北方の要望に応じ、昭和五四年一一月、北方を東洋の代表取締役に就任させた。このようにして、北方が東洋の代表取締役に再度就任した後も、前記認定の東洋の経営状態は改善されず、ますます、累積債務・債務超過の状態が進行して、経営のひっ迫・苦境がつづき少なくとも昭和五五年一〇月以降は、右経営悪化の状態は深刻化して、手の打ちようの甚だ困難な状況に陥り、昭和五六年六月東洋は、叙上の持続的赤字経営の中に行きづまって、その債務の支払をなし得ず、倒産するにいたった。そしてかゝる東洋の経営の状態・内容は、代表取締役としてその衝にあたった被控訴人の熟知するところであった。なお、被控訴人は、右倒産より前の同年三月三〇日東洋の代表取締役を辞任している。

5  東洋が叙上認定のとおり経営ひっ迫に陥っていた、昭和五五年一〇月から昭和五六年二月までの間における、控訴人と東洋間の売買(原判決事実摘示中の請求原因1記載の売買、以下「本件売買」という。)は、昭和五五年に東洋が控訴人から下請受注した「東部処理場」のダクト工事(以下「本件工事」という。)に使用するための各種設備用機器、資材等を、東洋が控訴人から買受ける取引にかかわるものであって、本件売買及び本件工事に関する契約はすべて北方が控訴人と折衝して締結したものであるが、当初の右各契約中には、本件売買代金と本件工事代金はこれを対当額で相殺し、控訴人は東洋に対し右相殺額を控除した本件工事代金残額についてのみ実際の支払をする旨の取りきめ(以下「相殺勘定」という。)が存在した。

6  しかるに、北方は、昭和五五年一二月ごろ、控訴人に対し、右代金決済に関する相殺勘定の取りきめを解消し、本件工事代金は本件売買代金とは別途に、その全額を支払って欲しい旨の要請をしたが、これに対し控訴人は、東洋の経営状態が悪いのではあるまいかと多少の不安をおぼえたものの、前記認定のようにひっ迫している東洋の経営状態を知らず、被控訴人の個人的資産、信用状況を信頼して右要請を承諾し、その結果、前記相殺勘定の取りきめは解消となり、控訴人は東洋に対し本件工事代金の全額を支払い、被控訴人は東洋の代表取締役として、みずから本件売買代金支払のため、本件手形(満期は、いずれも昭和五六年六月以降。)を振出したものであるところ、被控訴人は、東洋のひっ迫している資金繰りの都合上、控訴人との代金決済に関する当初の相殺勘定の取りきめを解消する方がよいと考えており、控訴人と右のような相殺勘定解消の交渉をすることを北方に示唆し、或いは少くとも北方が右のような相殺勘定解消の交渉をしていることを知りながらこれを黙認し、そして、前記認定のように控訴人から支払を受けた本件工事代金は、これを他の支払にあてるなど、東洋の運転資金の用に供したものである。

7  被控訴人は、代表取締役辞任後も、その辞任当時、東洋が金融機関に対し負担していた借受金債務については、これを肩代りし、自らの負担において昭和五六年四月、五月中に満期の到来する東洋振出手形の決済をするなどして、前記認定にかかる代表取締役在任中の手形決済資金の補填分を含め、総額一億円を超える個人資金を東洋のため出捐したが、東洋の経営状態は前記認定のとおり改善されることなく、東洋は、前記のとおり、同年六月、不渡手形を出して倒産し、その結果、控訴人の東洋に対する合計五三四万円の本件手形金債権(ただし、別紙手形目録記載(二)ないし(四)及び(六)の各手形については、振出日を補充することにより生ずべき各手形金債権、以下同じ。)、ひいては右同額の本件売買代金債権は取立不能となり、これにより控訴人は右各債権額に相当する金五三四万円の損害を被った。

三  叙上説示・認定の事実によれば、本件売買の当時、東洋は、その経営が危殆に瀕し、わずかに、被控訴人から金員を借用する等して、運転資金の不足分の補填を受けることにより、やっと、辛じて支払手形を決済し、倒産を免れていたものであり、本件売買代金を支払う能力は著しく低劣な状態に陥っていたものであるから、控訴人の東洋に対する売買代金債権は、本件工事代金債権と対当額で相殺する旨の当初の取りきめに従うことによってはじめて、控訴人においてほぼ確実に回収できるはずのものであったにもかかわらず、北方は、右代金決済に関する取りきめの解消を求めて控訴人と交渉し、東洋の叙上のようなひっ迫した経営状態を知らなかったため、これを承諾した控訴人において東洋に対し本件工事代金全額の支払をしたものであるが、被控訴人は、少なくとも、北方が右のような交渉をすることを知りながらもっぱら東洋の有利のため、これを放置、黙認し、控訴人の支払った本件工事代金を東洋の運転資金の用に供したうえ、一方、本件売買代金支払のため、東洋の代表者としてみずから、叙上説示のようなひっ迫した東洋の経済的実勢のためその信用力(決済力)の著しくとぼしい本件手形をその情を知らない控訴人に対し振出したものと認むべく、右振出の当時、或いは被控訴人の代表取締役辞任の当時、東洋が本件手形金の支払にあてるべき回収可能な確実な未収金債権を有していたとか、又は東洋において金融機関から融資を受けるべき具体的予定ないし実現確実な計画があり、本件手形の信用力が担保されていたとかの被控訴人の主張を認めるに足りる証拠はなく(《証拠判断省略》)、したがって、右各事実の存在を前提とする被控訴人の当審における主張は採用できない。

そうとすれば、東洋の代表取締役である被控訴人は、その職務上、他の代表取締役である北方の職務の執行を監視し、取引をふくむ会社業務が適正、誠実に行われるよう配慮すべき注意義務があるのに、これを怠り、北方が、東洋の経営状態の前記実情を知らない控訴人との間で、前記相殺勘定を解消し、右取りきめの付帯しない本件売買契約に基づいて控訴人から五三四万円相当の資材等を買入れるにあたり、窮迫する東洋には右代金支払についての確実性や客観的見通しのないことを看過して北方の右行為を放置、黙認し、かつ、右代金支払のため信用力の著しく乏しい本件手形を、その情を知らない控訴人に振出したものであるから、右説示の被控訴人の任務懈怠と、東洋が倒産して本件手形金債権及びその原因関係たる本件売買代金債権が回収不能となったことにより控訴人に生じた本件損害との間には相当因果関係が存在するものというべく、かつ、被控訴人の右任務懈怠については重大な過失があるものといわざるを得ないので、被控訴人は、控訴人に対し、商法二六六条の三第一項前段の規定に基づき、控訴人に生じた右損害を賠償すべき責任があるというべきである。

なお、被控訴人が、代表取締役就任以来、東洋のために多額の金銭を出捐し、債務の肩代りをしたことは前記認定のとおりであるが、それだけでは、第三者に対する、被控訴人の右責任を否定する根拠となり得ず、他に以上の認定判断を覆すべき事実関係を認めるに足りる資料はない。

四  そうすると、被控訴人に対し、商法二六六条の三第一項前段の規定に基づく損害の賠償として、金五三四万円及びこれに対する本件訴状送達の翌日であることが記録上明らかな昭和五七年一月九日から完済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める控訴人の本訴請求は理由があるから認容すべきであり、これを全部棄却した原判決は不当であって、取消を免れない。

よって、訴訟費用の負担につき民訴法九六条、八九条、仮執行の宣言につき同法一九六条を各適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 後藤静思 裁判官 奥平守男 尾方滋)

〈以下省略〉

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